想いや価値観を大切にする女性起業家支援プロジェクト

なごやなでしこWEB通信~名古屋の女性起業家を支援するプロジェクト【なごやなでしこ】

結婚・出産・子育て、そして起業。何かを諦めなくても「すべて」手に入れる!〜エステサロン経営/内田露美奈さん〜

 
  2018/12/29

「自由に美しく働く」エステティシャンとして

勝野
今日は、 女性の美を呼び醒まし自由に美しく働くエステオーナー、内田露美奈さんにお話を伺います。内田さん、よろしくお願いします。
内田
よろしくおねがいします。

1日2組限定のエステルームで月商7桁を続ける秘訣

勝野
 サロンのほうにお邪魔するのははじめてですね。
内田
いつも打ち合わせはカフェですからね。
勝野
昭和区の閑静な住宅街のご自宅、その一室がエステルームということですね。
内田
駅からも遠く車でしか来れない場所で、しかも看板も出していない。完全な隠れ家です(笑)。
勝野
玄関は別で、導線は完全にわかれてますね。
内田
こちらへ引っ越すまでは一宮市に住んでいまして、長女が小学校に上がる時期に合わせてこちらへ引っ越しました。自宅を建築するときに、このスペースをはじめからエステルームにする想定で設計もしたのです。
勝野
広さも、おもったより広くはないですね。
内田
はい、約7畳ほどの広さでしょうか。ある人から開業するにあたって、「売上はサロンの広さに比例するよ!」といわれたんですけど。
勝野
なるほど。
内田
でも、あまり広すぎてもどうかと。それよりもむしろ、たとえ狭かったとしても、想像力を働かせるような空間になることのほうが大事だと思います。
勝野
想像力?
内田
雰囲気。音楽であったり照明であったり、香りとか、接客とか。
勝野
その空間の雰囲気が大事ということですね。
内田
はい。ここで、1日2組限定の女性専用サロンを経営しています。一宮の賃貸マンションで自宅の一室からスタートして今年で6年になります。
勝野
そもそも自宅サロンにしているのはなぜですか?
内田
多分、テナント借りてやっても十分やっていけるだけの売上や実績と経験、そして自信もあります。でもこども3人を育てながらのサロン運営なので、こどもや家族がやはり最優先。そうなると自宅サロンじゃないと難しいということになりますね。
内田
女性として、母として、妻として、そして経営者として。私のテーマでもある「自由に美しく働く」。常にそうありたいと思うし、そんなお母さんがたくさん増えたらいいな、と思っています。
勝野
ではそのあたりもふくめて、自宅サロンで開業半年で月商7桁に到達した秘訣に迫りたいと思います!
内田
よろしくおねがいします。

MEMO

内田露美奈 / Ageless Retreat Cuti 代表

1日2名限定の女性専用エステサロン『AgelessRetreat Cuti〜チュティ〜』のオーナー。3児の母。

TV放送もされたエターナルリトリートコースの全身金箔パックなど、他にはない独自のエステが体感できるとして評判。

開業後6ヶ月で月商7桁を達成するも、大手サロンのノウハウで家庭を犠牲にしての「成功」に疑問を持ち、現在は自分スタイルのサロンを確立。

「自由に美しく働く」をテーマに、そのノウハウを広く公開する「お家サロン開業講座」を開催中。

たったひとつの出会いで人生は大きく変わる

勝野
内田さんはどうしてエステティシャンになろうとおもったのですか?
内田
高校2年生のときにはじめてエステを受けて、もうこれだ!と(笑)
勝野
高校2年でエステ?(笑)
内田
マリオットのたかの友梨ビューティクリニックへ。そこで、自分の名前によく似た「ロミロミ」というハワイの伝統的なエステコースを受けたのが最初。
勝野
なんかすごい話ですね。自分で行こうと思ったのですか?
内田
いえ、母がそこに行っていて、「露美奈も行って来なよ〜」って、パンフレットを見せてくれたんです。もうそのパンフレットをみてすぐに引き込まれました(笑)。
勝野
ほう。
内田
海の見える部屋。
内田
外国人の綺麗なお姉さんがベッドに横たわり、マッサージを受けている人だけじゃなくて、施術をしているエステティシャン自身も満たされているような、そんな写真。
内田
こんな世界があるんだ!って。
勝野
今聞くと、普通のシチュエーションのように聞こえますが・・・。
内田
そうなんですけど(笑)、高校生だった当時は見知らぬ世界で。そんな高校生の私を、たくさんの大人の人たちが、接客から施術から最後のメイクに至るまで、最高のおもてなしをしてくれまして。
勝野
ですよね。
内田
しかも担当していただいたのが全国でも指名ナンバーワンのエステティシャンの方で。
内田
こんなにも自分のことを大切にしてもらえるなんて。とか。
内田
こんなにも時間がゆっくり流れる場所があるなんて。とか。
内田
そう思ってその瞬間から、「エステティシャンになりたい!」と(笑)。
勝野
やるほう?(笑)
内田
やるほう(笑)。
内田
なんか、マッサージがリズミカルな感じで踊っているような、楽しそうな施術だったんですね。
勝野
なるほど。
内田
確かに施術とか技術も大事なんでしょうけど、やっぱり雰囲気。ゴージャスな感じに惹かれました。
内田
あと、ロミロミコースのロミっていうのは「揉む」という意味なんですけど、もうひとつ、「手から出る愛」という意味もあるようなんです。

勝野
手から出る愛。いいですね。

内田
私の名前はロミナというんですけど、昔から自己紹介すると「え?」って聞き返されることが多かったので(笑)、
内田
露美奈という名前はあまり好きではなかったんですけど、この話を聞いて自分の名前のことを本当に好きになりました。
内田
そして、私はこのために生まれてきたんだ!と(笑)

勝野
そこまで行きましたか!

内田
そうやって、絶対にエステティシャンになりたい、なる!って思って、その瞬間から、「どうやったらこのたかの友梨ビューティクリニックに就職できるんだろう?」という思考に変わっていきました。
勝野
そこがエステティシャンへの道の始まりだったわけですね。
内田
担当してくれたその全国指名ナンバーワンのエステティシャンの方に、どうやったらエステティシャンになれるのか?どうやったらこの会社に入れるのか?聞いてました。
勝野
さすがの行動力です。
内田
そこで、美容師か栄養士の免許があると給料もあがるよ、という情報を手に入れまして。

勝野
ー 裏技だ(笑)。

内田
エステって特別に専門学校とかで学ぶ必要はなくて、とにかく進路は栄養士免許取得!ということで、エステティシャンへの道が始まったわけです。
勝野
そのあたりの詳しい情報は・・・
内田
こちらのブログで公開しております(笑)

お家サロンで月商7桁に到達するまでの〜ロミナSTORY

成功の秘訣(1)

目標を達成する人の特徴。

目標を設定する。その目標を達成するために何が必要か、の情報を適切に収集する。必要なものを手に入れる。そしてスピード感を持って実行する。

指名ナンバーワンのエステティシャンとの出会いが、内田さんの人生を大きく変える。

出世よりも技術・スキルを身につけることを優先

勝野
でも、もともと美には興味があったわけですよね。
内田
はい、もちろんありました。
内田
小さい頃は太っていてコンプレックスがありました。白ナマズっていう皮膚の病気もあったので見た目も。。。
内田
いじめも受けていたし、容姿のせいで親からも愛されないって感じていましたから。だから、「どうやったら綺麗になれるんだ?」と。
勝野
話は少し戻りますけど、ロミ=手から出る愛→エステティシャンになる、って飛躍しすぎのような。
内田
親、特に母親から愛されてない感はずっとありました。幼少の頃、2回母から捨てられてますから(笑)。そのへんはこちらに詳しく(笑)。

お家サロンで月商7桁に到達すまでの〜ロミナSTORY〜第5夜

内田
容姿のせいで母親から愛されていない。だから、愛されるために綺麗になりたい、そのためにはどうしたらいいんだ?と(笑)。
勝野
なるほど。
内田
で、雑誌の裏とかの怪しげな広告とか(笑)、手当たりしだい試していました。バイト代とか全部使って(笑)。
勝野
そのあと初めてエステに出会った。
内田
エステに出会い、就職するために栄養学を学び、死ぬ気で勉強して資格を取って。
勝野
いいですね〜。
内田
初めからたかの友梨狙いでしたから、もし採用されなかったら来年もう一度チャレンジするつもりでいたし。他のエステ会社も面接は受けましたけど、それも本番のための練習ということで(笑)。
勝野
徹底的ですね(笑)
内田
運良くたかの友梨ビューティークリニックに入社でき、そして東京勤務が決まりました。東京で1年、名古屋で1年。通算で2年間、そこで色々な経験をさせていただきました。
勝野
そこではどんな感じでした?
内田
とにかくセールスが得意でした(笑)。
内田
同期の中ではひとり遅れを取っていたんですね、私。美容の専門学校に行っていないので基本的なことが分かっておらず、専門用語もちんぷんかんぷんで。
内田
そんな中でも、商品のセールストークをマニュアル通りしっかり覚えて、自分でも買って体感して、自分の言葉でしゃべれるようにして。
内田
わずかな時間であってもセールストークをぶち込んで!
勝野
すばらしい。
内田
それで、新人の時に商品レースで1位を取って叙々苑に連れて行ってもらいました。
勝野
1位は凄い。
内田
もともとトレーナー志望だったので、技術もプロフェッショナルな店長になります!と宣言しました。
勝野
店長?
内田
トレーナーコースと店長コースとあって、営業が店長コースで出世ルートですかね。
内田
私は営業だけじゃなくてスキルも身につけたかったので、店長コースを蹴って自由にやらせてもらうことができました。売上も上げながら、技術も修得できるということで。
勝野
今につながっているかもしれないですね。
内田
一人落ちこぼれだった私にとって、売上実績とか数字というのは大きな武器でしたね。自信になるというか。
内田
その意味では、シンデレラ大会での準優勝というタイトルを獲れたのも、大きかったかもしれないです。
勝野
それはどういったもの?
内田
全国155店舗のなかで美を競う大会で、私が担当しているお客様が準優勝されたんですね。その彼女は、フラれた彼を見返すためにエステに来られてまして。
内田
準優勝したあと、その元彼から復縁を迫られて、それを振ってやった!と(笑)後日手紙を持ってきてくれたんです。そしてそう話してくれました。
内田
人生バラ色、感謝されて、とても嬉しかったですね。

子育てしながら開業、半年で月商100万円越え

勝野
エステティシャン人生、なかなか順調な滑り出しですね。
内田
あのまま続けていたら今頃どこまで行ってたんだろう?っていうくらい順調だったんですけど、短大出て2年勤めて、22歳の時に妊娠がわかって23歳で出産を機に退職しました。
勝野
展開が早い!
内田
主人の職場が一宮市だったので、そちらに引っ越し。上の子が3歳になるまでは専業主婦をやっていました(笑)。
勝野
その後起業することになるわけですね。
内田
はい。きっかけはいろいろ紆余曲折あるのですが、自宅の一室をエステサロンにして開業しました。開業費用は7万円もかからず、開業半年後には月商100万円を超えてました。1年経たずに3ヶ月後の予約が取れないくらいに。
勝野
すごい!子育てしながらですよね?
内田
はい。
内田
当時は下の子が1歳でまだ保育園に預けていなかったので、ママ友に預けたり一時保育を利用したりして。
内田
とにかくがむしゃらに、やれることは全部やろうと。
勝野
根っからの商売人なのかもしれませんね。
内田
祖母が凄い商売人で、キャッシュで家を3回買ったくらいの人でしたから(笑)。それを受け継いでいるのかもしれません。
内田
利益が出始めるようになったらすぐに経営コンサルタントとも契約しました。専門外のことはとにかく依頼する、それが結局一番の近道だと考えていましたので。
内田
なにより純粋にビジネスが楽しかったです。たとえば洋服を買うとかそういうことよりも、お客様の不満を満足に変えていくこととか、そういうのがとにかく楽しくて充実していましたね。
勝野
それにしてもすごい。大手サロンでの技術と営業のスキルが役立っているのかもしれませんね。

成功の秘訣(2)

すべてを手に入れる、それも短期間で。

結婚、出産、育児、介護、そして起業。さまざまなライフステージを迎える女性起業家にとって、何かを諦めないといけないと考える人は多い。

そんな中でも、どれかを捨てることなくすべてを手に入れる。そのために外部の専門家に依頼する。そんな発想を内田さんは常に意識し行動している。

大手サロンのやり方で疲弊、改めて自分に向き合う

勝野
成功への道を一直線ですね。
内田
でも、ありがちなパターンですけど、忙しすぎて夫婦関係は悪化していました(笑)。
内田
原因はやはり、大手サロンでのやり方を個人サロンでやってしまったこと。
内田
身を粉にして働き、大切な家族とのコミュニケーションをないがしろにして、毎日イライラして。
内田
仕事優先、家族は二の次、自分のことも二の次。仕事優先しすぎて3人目も早期流産。離婚も考えました。
勝野
今では想像もできない。
内田
完全に乗っていた大手サロンの出世コースから、予期せぬ(?)妊娠でキャリアを追われ、専業主婦の幸せを感じながらも、自宅サロンの開業に行き着き。
内田
自分は何のために起業したんだろう?とか。
内田
手に入れた幸せな家庭を自ら捨てようとしているんじゃないか?とか。
内田
このままではダメだ、と思って、大手サロンのやり方からガラリと変えたんです。
勝野
具体的には何を変えたんですか?
内田
お客様の満足度はコースの長さに比例することがわかっていたので、まずは1日2組に限定することから。
内田
新規のお客様を集めるよりも、既存のお客様・目の前のお客様の満足度を高めることに集中したんです。とにかく、お客様一人一人に喜んでいただくことに徹底した、ということだけです。
勝野
名古屋への引越しというのは?
内田
一宮で専業主婦やってたころから、もくろみとして名古屋にいつか戻りたい、っていうのがありました。専業主婦の幸せを感じつつも、独身の友達が名古屋で遊んでいるのを見るとつい(笑)。
勝野
なるほど。
内田
夫婦お互いの実家も名古屋なこともあり、上の子が1年生になるのに合わせて自宅建築。自宅サロンにしたかったので、設計とかは全部わたしがやりました(笑)。
勝野
名古屋の自宅でサロンのリニューアルオープンというわけですね。
内田
なんですが、完全にエネルギー不足に陥りました(笑)。なんか一つのゴールにたどり着いたかのようで。
内田
自宅の設計、卒園式、引っ越し、三人目の出産、リニューアルオープン、入学式・・・。産後の疲れが急にでて、少しペースダウンをしました。
勝野
ー 全部いっぺんにやりきったから、燃え尽きたみたいな感じでしょうか。
内田
ですね。
勝野
一宮時代のお客様も来ていただいてたんでしょうか?
内田
一宮では約3年間、サロンをやっていましたので、継続で来ていただいているお客様も多かったのですが、やはり遠いし、時間も交通費もかかるので、来店頻度は落ちますよね。
内田
だから、新しい土地での新規の集客が大事なんですけど。
内田
3人目を出産し、名古屋に帰ってマイホームをたて、理想のサロンをオープンすること、を叶えてしまい、かつ、上の子の初の小学校ということで、新規集客をする心の余裕がなくなってしまいました。
内田
そんなときに、祖母がマッサージをしてほしいと。ヘルパーさんがいない時間帯に、週1くらいで、天白区の祖母のところへ出張で行ってました。
勝野
キャッシュで3回家を建てた凄腕経営者のおばあさまとは、会話も弾んだでしょうね(笑)
内田
身を任せて、寝てました(笑)。
内田
確かに祖母はすごい経営者だったと思いますし、武勇伝も昔からよく聞いてました。でも当時は右から左。
内田
実際に起業してみて、名古屋でリニューアルオープンして心の余裕を失って、同じ話なんだけど改めて祖母の凄さが分かったというか。聞く耳を持てたんだとおもいます。
内田
そこではじめて、祖母から褒められたり、「ロミナがいい」といってくれるようになったり。お互いを認め合うというか。
勝野
認め合う。
内田
そんなときに、いきなりテレビのオファーが飛び込んできたんです。それも認められたっていう自信になり、モチベーションが上がりました。
内田
常連様へのレターも書けなかったくらい余裕がなかったのに、一気にエネルギーが溢れて行動できるようになったんです。

成功の秘訣(3)

行動だけが結果を生む。まちがいない。

ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでも進まない。暗闇の中で全力疾走はできない。

何がブレーキになっているのか?暗闇を照らす光は何か?認められたことが自信となり、エネルギーを生み、そして行動につながる。

経済的にも心理的にも余裕のあるお母さんを増やすのが使命

勝野
サロン経営の現状には満足していますか?

内田
今は家族に愛され、お客様に愛され、最高に楽しい毎日を送っています。

内田
家族の核であるお母さんが何より幸せであることが、子供たちを笑顔にし、世の中の循環を生み出していく。

内田
経済的にも心理的にも余裕のある女性を増やすことが私の使命なのではないだろうか?と考えるようになったんです。

勝野
というと?

内田
そんな風に考えるようになったのはうまくいっているサロンばかりではないという現実を知ったからです。

内田
犠牲を伴わず今すぐ始められるお家サロン。それだけにビジネスとして成功しているのはほんの一握りだと言われています。個人のサロン生存率は1年以上で40%、3年以上で10%、5年以上は5%ともいわれますよね。
内田
自宅開業をして6年、常に当サロンの売り上げは右肩上がりを続けて来ました。
勝野
ふむ。

内田
技術だけを学んでも、サロン経営なんて出来るわけがありません。

内田
幼少期私の母は一緒にいても心ここにあらずで、常に心は満たされていない印象を受けていました。私は母を幸せにしたいという思いから自分が幸せであることを諦めていました。

内田
いつの間にか母が幸せになることが自分の幸せなのではないかと勘違いをするようになっていたのです。

勝野
お母さんとの関係性ですね。
内田
私は自分の子供たちに心の底から幸せを感じられる人に育って欲しい。
内田
そのためには何が必要か?
内田
それは母である私が最高に満たされ、いつも幸せを感じていることが重要なのでは?と考えました。

内田
好きな場所で好きなことをして、やりたい!と思ったことは迷わずチャレンジする。

内田
母として、そんな背中をみせたいと思うし、「働くということ=苦痛である」ということをみせて大人に成長していって欲しいとは思いません。
内田
好きな仕事をして、どんどん挑戦をして、それをワクワク楽しみながら働く大人がいたとしたら未来は明るいですよね。私はそんな風に子供に見せる母親をひとりでも多く生み出したい。
勝野
なるほど!

内田
女性は結婚、出産、転勤など、自分のキャリアを追われることは数多くあります。

勝野
ご自身がそうであったように。
内田
その、解決策となるのがお家サロンであり、自宅で出来る仕事で、子供に「おかえり!」と言ってあげることだって出来る。予定も自分で組み立てることができる。自分に合った働き方を選択することが出来る。
内田
でも、趣味に毛が生えたような経営では何のためにサロンを開いたのかわからない。
内田
だからこそ、お家サロンで実績を上げてきたといわれる私が、どういう風にお家サロンを経営しているのかを世の母親に教えていけばもっと世の中はよくなる!につながるのじゃないかな?
内田
そんな想いから、お家サロンスクールでやりたいことを仕事にし、経済的に豊かになって、家族という土台であるチームを強化していくことを伝えていきたいと鼻息荒く思っているのです!
勝野
なるほど!たくさんのお母さんの支援ができるといいですね!今日は貴重なお話、ありがとうございました!

編集後記

撮影日 2017年05月25日
聞き手 勝野弘志
撮 影 臼井さや香

Ageless Retreat Cuti / 代表 内田 露美奈

お家サロン起業家。現役エステティシャン。現在3人の子のママ。愛知県名古屋市出身。

幼少期より太りやすい体質であったことから、数々のダイエットに挑戦。高校時代初めてのエステ体験でエステティシャンになると確信。

独自のダイエットエステを生み出したいという思いから、2003年栄養短期大学へ進学し栄養士免許を取得。

2004年大手エステサロンへ入社し東京で勤務となり、担当顧客をダイエットコンテストで155店舗の中から準グランプリに導く。

2011年独立し、愛知県一宮市でアーユルヴェーダホームサロンCutiをオープンし、半年で月商7桁を達成、開業1年で3ヶ月先まで予約の取れないサロンとなる。

2014年名古屋市に拠点を移し、自宅にサロンを併設。店名をAgeless Retreat Cuti(エイジレスリトリートチュティ)としてリニューアルオープンする。

リニューアルオープン後間も無く、メーテレ「ザキロバケイコ」の取材を受け、1日1名10万円の全身金箔パックを用いたコースやキャンドルエステなど、他では受けられない施術が受けられるセレブサロンと東海地区で人気が高まり県外からも多くの方が来店。数々の著名人、モデルなど、延べ1万名以上を施術。

ダイエットのカリスマと呼ばれ、「綺麗に痩せたい」という女性から熱い支持を得ている。

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