自分の両親が自分を信じてくれたように娘を信じることができているのか?
【帰れる場所があるって幸せ】
ふと気付いた。今50歳。
両親が50歳の時、私は26歳。その年に公認会計士試験に合格した。
私は26歳まで、働かずに実家で受験勉強してました。受験費用捻出のために1日4時間だけバイトしてたけど。
目的達成のためなら、かじれるスネはかじる。
そう思ってやってたけど、おじいちゃんから怒られたなぁ。大学出て、就職もせずに遊んでると思われてたから。
めちゃめちゃ悔しかった。でも親戚一同みなそう思っていたらしい、言わなかっただけで。
無理はない、その数年前に借金で家を売り迷惑をかけていたわけだから。。。本当なら大学も中退してでも、就職して家計を支えなければならなかったのかもしれない。
でも、当たり前だけどうちの両親だけはわかってくれて、かばってくれた。一緒に怒ってくれた。
あれは嬉しかったなぁ。
その年、4回目の受験でようやく合格。それから誰も何も言わなくなった。当たり前か。
でももし受かってなかったら今頃どうなっていたんだろう。
世の中、結果が全てなのかもしれない。どんなかっこいいことを言っても、成果がなければ負けだし。
26歳で恥ずかしげもなく実家に世話になっていたとしても、結果が出ればそれは信念を貫き通したことになる。
すねかじりの自分が恥ずかしかったし情けなかったし悔しかったから、頑張れた。原動力になったんだ。
いま、娘二十歳。
彼女のことを、自分の両親が自分を信じてくれたように信じることができているのか?
ふと思う。
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